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東京は昨夜から雨

寝るときに気づいた雨音は
部屋の四角を縁どっている

たまに寝るとき意味はなしに
「ああわたしは四角い部屋に住んでいるんだ」
と実感する行いを為すのだけど

雨の日はその音の散らばりから
部屋の形が鮮明に浮き上がって
異空間に部屋だけ放り出されたようにも

この四角さに守られてこうして眠れるありがたさや
急に窓やベランダというその無防備さに怯えて
形ばかりの玄関の鍵を確認しに行くわたしの

幻想だけでは生きられないという現実を知る
象どられた像を映す

今日はまだ止まないような
そういえば久しぶりの雨

昨夜雨に気づいたとき

そうか、雨が降っていなかったんだ

となぜかとても安心して
とても腑に落ちた感覚が残った















chocolat

 

いろいろなchocolatがあるけれど
今はここのが一番好き。

イメージが爆発するchocolatは
さながら宇宙。

一粒づつの物語が明確で
宝箱を開けるみたいに、週に1粒づつ。

私だけのムヒヒな愉しみ。

クリスマス

 


街を歩いてたら
おなかの奥がぞわぞわして
心がくすぐったいようなときめきの気分に響いて

あれ?
クリスマスってそういうこと?!

なんてひとりでニマニマして
すこし高級な紅茶とか買ったりして。

家の近くまで来たら
曲がり角の大きな樹たちが
ふんわり羽のようなものに包まれてるようで
それが天使の気配に似ているように思えて

ええ?
クリスマスってそういうこと?!

なんてわくわくしちゃって
さっそく部屋で蝋燭に火を灯して
天使をおもてなしするようにしてみた。

願いを心で唱えたら
地球のこととか宇宙のことでふわっと思考が広がって
なんだかおもしろかった。

クリスマス半信半疑でも
こういうのはだいぶ楽しい。



知らないうちに結んでしまった
小さな小さな思い込みを
いっこいっこほどいていきたい。











ちいさな穴

 


なんだか自分という風船みたいなものが
自分というもののなかにあって
それに細い針を打たれたよう。

でもぱちんと弾けるわけでもなくて
とても小さく息が漏れて
その漏れた隙間で
それが張り詰めていたことに気づく感じの。

言葉や音のない世界に生まれるものが
存在自身を揺さぶってくる。

生命の泡を放出させるような
振動を孕んで。

それが存在そのものへの抱擁みたいで
なんだか泣きそうな場所が刺激されてる。

はじめて沖縄に行ったときに
自分は愛されているって感じたみたい。

沖縄行ってないな。
もう沖縄は自分のなかで繋がってる。

そう感じた時から足は遠のいてしまった。
でもそれは言い訳だったのかな。
自分にぎりぎり向き合うことからの逃走だったんだ、きっと。

絵はいいな。
無口なのに雄弁で。

静止画なのに
どんな映画よりもふかくその世界を見せてくれて。

言葉や音楽という
あまりに刺激的で感情的な営みは
生と死という
生生しいい儚さで歓喜を結んでくれるけど
たまにそれがこわくなる。

でも不意に生まれたちいさな穴が
張り詰めていたらしいそれを緩ませて
言葉や音楽を欲してるだけで足がすくむ自分を
ちょっと変えてくれるかもしれない。

欲してるままに欲せるように。
そうなれたら。

ちょっと想像しただけで
奥底にときめきを感じてしまう。

そう、なれたらいいな。




*写真はマグリット展の図録。
東京では行けなくて、夏に京都に日帰りで行ってきた時のもの。

絵画展は作品の解説と自分の見解がけっこうずれてておもしろい。
それを誰と対話することもなく
「私はこう感じてそう思う」という自由が嬉しいのかな。

もうすぐこのページもなくなりそう。















なんだかぼんやり

 

ここのところ頭痛がきつい。
運動不足かな。
きっとだいぶ運動不足。

でも運動したくないな。
運動は苦手。

きょうは朝おきてからぼんやり
生命と非生命について考えてる。
ずっと。

いわゆるモノには感性は息づいていないのか。
そんなこと。

キキララはかわいいね。
大好き。

なんかぜんぶにミルクの味がする。
ミルクはあまりのまないけど
ミルクのようなものはとても好き。
水に浮かぶひだまりとか赤ちゃんの吐息とか。

アンティークのミルクガラスのシェードとか
脳の奥が甘く痺れるかんじがする。

深まるごとに息苦しくて
のどの詰まるようなものなのに
安心してしまうのはどうしてだろう。











隔離

 


このところ心身がちぐはぐで
今までいた場所や物事がふわっと遠く感じられて

それでもそこに戻れない
戻ることはもうできない
そしてもうたぶん戻りたくない

そんな隔離感で
日常や現実でたくさんの行為を積みながら
どこかそれを楽しみながら
それでもどこか自分を嫌ったりしている

昨夜の強い雨は
わたしにはとても良くて

雨が部屋の輪郭を叩いて
小さな真四角の寝室が
どこかの空間に浮かび上がって

その小ささの中で

ああ、ここがわたしの守られるべき場所だ
ああ、これできょうは安心して眠れるのだと

ここ数日の時で計れない不眠からゆるされて
新しくも安全な場所という
ときめきのうれしさと一緒に眠ることができた

雨が強くなるほど
その輪郭は確かになって
わかりにくいものを感じとることができたりする

でも心はやっぱりうらはらで
心は行くべき道を指すものだともいえない

朝、まだ雨が降っていた

それがやっぱり嬉しかった
わたしには雨の日が必要だったのかもしれない

もっともっと隔離されたい

いろんな時空や情報や
人の意思や、あらゆる感情から


























お稽古事

 

中学2年生の娘をみていると
芸の習得とはこんなに日々の積み重ねが必要なのかと少し驚く。

3歳からバレエをやりたいといい、はじめ。
6歳にはジャズダンスを習いたいといい、はじめ。
12歳から声楽を学びたいと、はじめ。

9歳くらいになる頃からは
バレエとダンスのレッスンは、毎日。

もうすぐ14歳になる今も日々レッスンのかけもちで
夏休みはつねにお稽古のスケジュールは朝から夜までびっしり。

風邪をひいても怪我をしても、見学はできると稽古場に行ってしまう。
好きってすごいなと、あらためて、おもいつつ、じぶんの薄さに驚く。

なんだかぐったりしてても
お稽古から帰ると元気になってるし。

たぶん仲間にも恵まれているんだろうな。
そして先生方に、想いのはてへちゃんと導かれているのだろう。

日々が芸をつなぎつむぐのだと
そのおそろしさとすばらしさに溺れそうになりながら
夏休みのこどもたちを、みてる。

そうそう12歳の息子は毎日絵をかいて
マインクラフトで世界を構築中。

まったくちがう個性なのが、スリリング。

毎日なのだ、きっと。
毎日が、すべてなんだろう。

その毎日に、なにかが加わったときに
つながる、なにかが、おこるのだろう。

化学反応しかり、扉しかり。

おこらないかもしれないけれど、おこるかもしれない。
やっぱり、たぶん、そういうことなんだろう。




















すっかり枯れた紫陽花

 


3日くらい前かな。

自転車で坂を登っていたとき
曇りがちな青い空と
濃い緑のコントラスト

あわくうだる風と
湿った匂いに
ああ夏ってきれいだ、とおもって

ああ夏が好きだな、っておもっていた。

きのうふと涼しくなるもんだから
夏が終わるわけもないような寂しさを
つい感じてしまった。

夏はあまり好きじゃないと
毎年かならずおもうのに

どこかの些細なタイミングで
ああ夏が好きだとおもってしまう。

好きだと気づいてしまうから
律儀に夏の終わりはさみしくなる。

蝉の声が日増しに大きくなっていく今も好き。











消しゴムハンコ

 

ずっと前(5−6年前かな)につくって頂いた消しゴムハンコ。
なかなか上手に押せなくてしまったまま。

色が思うように重ならなくて
プロの技を実感したり。

かわってないなっておもう。
このハンコをみてると。

好きなものとか。
大事なこととか。

できることもきっと増えてる。
できなくなったこともたぶんある。

ひとつできてひとつなくす。
ひとつなくしてひとつみつける。

そういうペースは私にあってるのかもしれない。

わたしはいわゆる適合型じゃないし
もういいよね。

もういいって、そうしたい。

もういちど、つくってくださった方に
このハンコをきれいな色で押してもらいたいなー。

チョコミント

 


チョコミントがとても好きになった。

ここ数年うっすらと好きだと気づいていたものの
今日これはもう好きなんだと自覚。

アイスのチョコミントも
チョコのチョコミントも好き。

ミントは極めて強いのがいいな。

とはいえまだ気づいたばかりで
どんな種類のチョコミントがあるのかはわからないけど。

基本的に私は食事をしている時に
頭が真っ白になってしまう。

だから好きな食べ物を聞かれても
あまりはっきり答えられないことが多い。

でもたぶんチョコミントは
今日をきっかけに好きなほうに入ったと思う。

ずっと前にいちばん好きな食べ物を聞かれて
すぐさま苺パフェと答えたとき
そこにいた誰もに私が苺パフェを食べてるのをみたことがないと言われた。

考えていれば苺パフェを食べたことは1度きりだった。
1度きりではいちばん好きとは言えないのかと理解ができないままになった。

ちなみにチョコミントは昨日たべた。
今日もチョコミントを思ったことで好きになったと気がついた。

たぶん夏のせいで時間が混在してる。
夏はそうなりやすい。
何10年前のことがいまに思えたり、未来のことがなつかしくなったり。

そしていつもいじょうに
世の中のしくみや感情について行けないことが多くなる。

そうすると
自分のなかに故郷を感じて、そこに帰りたくなる。

世の中の仕組みの中で生きて行かないことは
いけないことなのかと毒づきながら。

私はそのまま両手を広げて生きたいけれど
なかなか誰もゆるしてくれないんだ、と。

そんな気分に浸される。

そうなると私は誰かにゆるされたいために生きるのか
という問いに出くわす。

そのやりとりを見つめながら
私はああ承認欲求というのにも
愛ほどカタチがあるのだなって思っていた。

そして、それをまったくくだらないとおもいながら
傷ついていることに気づく。

ただ感じて、みつめて、願って、生きることはいけないの?
かたちにしなくてはいけないの?

からだのまんなかに見つめる
水晶玉のような世界は私そのものなのに。

地殻変動を感じる。
私さえ気づかない速度でそれははじまってる。

なにも変わらない。
変わるのは私だけなんだ。

きっと。

やっぱりただやさしいのは
地熱を冷ます夜の風だけなんだ。

きっと。

窓をあけたまま眠りたいのに
そうもいかないここがせつない。
















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