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小さいおうち

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中島京子さんの「小さいおうち」を読んだ。
映画、観に行こう。

かないくん

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かないくん

谷川俊太郎 作
松本大洋  絵

***

たぶんそれはそうゆうことであって。

感情ではなく存在に触れてゆくぎこちなさと
その沁みいるあたたかな憂いがとてもきれいで。

その言葉と絵のかけひきのない
それでいてスリリングな広がりに
たましいご吸い込まれそうでした。

死、というたのもしさ。
死、というかなしみ。
死、という慈しみ。

そっと身体の奥のあたたかな場所に
わたしはそれを丁寧に包んでおきたい。

いつかそれがふと綻ぶときに、
あたたかいまま海のような宙に戻れるように。

その肉体と、憧憬を、
美化することなく、忌むものでもなく、孕んだまま。

そういられたら、いいな。

***

かないくん 詳しくはこちらから。

ほぼ日サイトからだと特典もあって、お得で、うれしいです。





吉野弘さんへ。

 140120_1407~01.jpg

今朝、詩人の吉野弘さんが亡くなったことを知りました。
87歳だったそうです。

吉野さんの「祝婚歌」は何年かまえによくCMで流れていました。
友人の結婚式で司会の方が朗読されたことも、覚えています。

吉野さんをこの詩で知っていらっしゃる方が、
もしかしたらいちばん多いのかもしれません。

吉野さんの散文詩「I was born」をはじめて読んだとき
私はまだ高校生で、そのときに溢れだした詩を読む体感に
むせぶように泣いたのを想いだします。

あの肉体の体感と情動に、多感な時期に出会えたことは
私にとってかけがえのない体験でした。

女性を書いたもの、日本を書いたもの、
そして、生々しいほどに生命を描いたもの。

その洗練された表現は、男性らしく輪郭をくっりきり成した詩で
その痛いくらいの鮮明な情操に、ひりひりするようでした。

吉野さんの訃報を知った時に
ふっと落ちてきた吉野さんの詩。

「雪の日に」

この詩はこのような言葉ではじまります。

**

雪の日に
誠実でありたい。

そんなねがいを
どこから手に入れた。

それは すでに
欺くことでしかないのに。

・・・・・・・ ・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・
・・
・・・・・・・

**

雪が降り積もる静寂と、穢れが、美しい作品。
ぜひ、最後まで読んでみてください。

重ねてゆくこと。

それは、その下の”もう見えないなにか”を知りながらも
生きることなのでしょうか。

大寒の今日。
東京には降らなかった雪をそっと想いながら。

ご冥福をお祈りします。
こころからの感謝をこめて。











ゼロ・グラビティ

ゼロ・グラビティがまだ残ってる。

みたという友人と話しながら、
心を寄せたことへの、覚え書き。


****


ゼログラビティは、視覚的にも音響的にもとても先進的に創り込まれていながらも、もうひとつ先の感覚まで触れてくるのが素敵だった。

宇宙を疾走するわくわく感は、私のよくみる地球は来るときの感覚、どこかの星にゆくときの感覚にとても似ていた。そのどこかは、魂が生命になる場所へ向かうときの、場所。

ゼロクラビティも、数多の破片の衝突から、残酷にも選ばれていく生命。そして、宇宙船の丸い窓から遠い星が美しく映えるなか、選ばれたヒロインが胎児さながら膝を抱え無重力を漂うときの、静けさ。亡くしたひととの愛。どこかへのつながり。宇宙の疾走。「生きる」と自ら決めてからの地球への疾走。そして、地球。海。溢れだす羊水のような海水。地上。立ち上がる。地と空と貫く肉体。強くも純真な微笑み。

この映画は宇宙飛行士という「特別なひと」の物語だけれど、もしかしたら、生命に刻まれた誰もが知ってる物語なのかもしれないと、思った。


****


みおわったとき、生命創世を感じながらも、
そのメタファーがこんなに散りばめられてるとはくっきり気づかなかった。

誰かとなにかを共有することで、刺激されることは多い。
それは、とてもうれしく、ありがたいこと。

私にはこの映画は肉体的に過酷すぎてしまって(3D・音の大きさ・宇宙にいるという思いこみによる筋肉の退化がつらくて)「もう一度」とそう簡単には言えないけれど、あの美しさが生命に深く触れるワクワク感や、あの懐かしさ、愛おしさは、まだ消えない。

私みたいに過敏でないなら、是非IMAXシアターで。

死はいつかやってくるもの。
そのときは、こんなに美しい世界に浸れるのかしら。

もしまた観る時は耳栓とサングラスで臨もう。

ゼロ・グラビティ公式サイトはこちら

















モネを観に行きました。

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そうそう。

このまえ国立近代美術館まで
「モネ、風景をみる眼展」に行ってきました。

そのエネルギーに眩暈がして
世界の迷子になったように会場で途方にくれてしまいました。

モネは木漏れ日がすき。
やさしいやさしい木漏れ日。

絵を描かない私には、
絵のことはまったくわかりません。

私は基本的にものがあまり憶えられないから
なんどみても名前や作品もはっきりわからないし
歴史やそのモチーフや時代背景もまったくわかりません。

でもとても好きな「絵をみること」。

私がみてるのは
たぶんその美しさの中の匂いのようなもの。

それを説明するのであれば。

感じる絵と、私の奥の部分がだんだんぼやけてきて
3Dの絵本をみるように、その境界線がだんだん薄れてきて。

そして「それ」が立体になって行く様。

それは深い哀しみだったり、美しさであったり、
皮肉であったり、絶望であったり。

とつぜん「ああこの女性はこのあと酷い目に遭うんだわ。」
と、悲しくなったりもする。

ーこんなに、美しい水面にいるのに。


絵を見ることも音楽を聴くことも本を読むことも。

私にとって。

それはあまりにもセクシャルな
作品と自分との密かな行為でしかない。

立体になった「それ」は
一時間前の私とでは結べない像。

だからこその瞬間の生生しさは、
おおいなる誤解から生まれた感傷。

感傷こそ、極めて個人的で、
隠しようのない私そのものだもの。

だから、背景や当人や当人に近いひとが
その作品をどう解説しようと、どうでもよくって。
(憶えられないから、仕方ないのか。)

もっと色々なことを憶えられたら、
全然違う悦びや愉しみがあるんだろうなって
それを羨ましくも思うのは、本音ではあるけれど。


狂った地場に酔いながら
順序よく歩いた作品たちの終盤。

そう。
ー晩年。

モネもそう。
ターナーもそう。

風立ちぬも。
かぐや姫も。

境界線が曖昧になるままに
何かに導かれて行く作品の憂いと確信。

このところは
その美しさに、惹かれてやまない。

**

国立西洋美術館×ポーラ美術館
「モネ、風景をみる眼」

2014年3月19日まで。

**

激混み、ではなかったです。








U-KISS


本日発売☆です。

U-KISS7枚目両A面シングル
「Fall in Love/Shape of Your Heart 」
に作詞で参加させて頂きました。

「Fall in Love」はメンバーAJの詞の日本語詞を。
「Shape of Your Heart」では作詞をさせて頂きました

はじめてのA面です。
ちょっと感慨深いです(*´∇`*)

「Fall in Love」のPVはこちらで。
もしお時間ありましたら…。
iTunesではこちらから(=゚∇゚)エヘ。
もしよかったらぽちりと。エヘ。



*******


U-KISSの歌は
声も素敵でとても素直で、びいんと心に触れる歌。
そっと打ち明けるなら、その姿勢もかなりかっこいい。

歌って頂けること。
聴いて頂けること。
そしてこんな機会をくださった皆さんに。

大大大感謝です。

特設コーナーをぱちり。

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想像以上に大きかったパネルにどきどき。

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1月1日発売の
「U-KISS JAPAN LIVE TOUR 2013 -Inside of Me」
のLIVE映像も待ち遠しいな。

こちらでは「Inside of Me」「PASSAGE」「Thousand Miles Away」
を書かせて頂いています(*´∇`*)

来年はおおきなツアーもあるみたいで、また、たのしみ。




ちゃんと、力をつけよう。









クリスタライズ

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さいきんじぶんの未熟さに打ちひしがれることが多くて
理想がうまく描けないでいる。

なにを考えても、なにを思っても、
すべてにおいて酷く落ち込んでしまうのだ。

そっとひとと比べては、その自分の生存力の低さに
酷く落ち込んでしまうのだ。

それを、このところずっと胸の底に隠していた。
ひたひたと、びっしりと。

でも今日は、そっとその自信のなさを謙虚さにして、
理想さえ見失った今は、
次へ結ばれるなにかの結界線上にただそれが在るからだと、
信じてみたくなったんだ。

なんだかー

素直な気持ちというのは、
清々しいひかりのようなものなのかもしれない。

そんなふうに、ふとおもえたんだ。

あ。
今日は満月だったのもよかったのかな。

***

写真は吉岡徳仁さんの展覧会「クリスタライズ」にて撮った一枚。

吉岡さんの作品には
そこにいつもひとの影があるのが印象的だった。

そして。

ああ、クリスタライズときに、
その欠片はひとつのかたちへ導かれるんだと、理由もなく思って熱くなった。

東京都現代美術館にて1月19日まで。

そうそう。

東京都現代美術館の地下の
「コントン・レストラン」がとても美味しくて好きになりました。

そちらも、ぜひ。






私の劇場

私の劇場。

Bunkamuraのギャラリーでふらりとはいったのだけれど、すごくよかった!
どの作品もどのアーテイストも。

最終日で時間ギリギリで急ぎ足でしか見れずにショック。
もっと、じっくり堪能したかったな。

「興味のあるものに、ヒリヒリしてます」
という作品からの熱波にパワーをもらえた。

私ももっと興味のあることに没頭したいな。
もう埋没してもいいから。

私は、ふりかえってみればすごく悪い意味で、
興味のないことやそれにまつわるすべてが、酷く苦痛になるタイプだ。

ああ!だからもっと興味のあることを磨かなきゃいけないのに。
わたしときたら、わたしときたら!!!

あ、だめだめ。

勇気を持っていよう。
きっとその方法はあるはずだよね。



ふたりのアトリエ

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だいぶまえにチラシをみて「これはいきたい」とおもい、
ちょっとまえにみた予告編で「ぜったいいきたい」とちかって、
このまえみてきた「ふたりのアトリエ」。

わたし、とてもすきでした。

きれいなシーンで描かれた繊細な感情を
言葉やわかりやすさに依存しすぎない表現で構築された作品。

描き手の確信が、観る側に自由を与える。
確信というのは、なにを意図して描くのか、ということ。

それがそのとおりに伝わらなくとも、
それはもうどうでもいいのだというような、こと。

役者のうまさと配役の素晴らしさ。
そして。音と画のうつくしさ

音楽がなく、またモノクロであるからこそ私の頭のなかは
私の美しいと感じるに音や色彩で溢れていく。

だからこそ、安心してどんどん敏感になってゆける幸福。

それをどう受けとめますか?
それをどう解釈しますか?

そんな放たれた美しさの点が好きです。

これはこういうテーマです、だなんて
感受性に感情や情感の焼き印を押されるのなんて、まっぴらごめんだもの。

言葉にしない美しさを、日本は捨ててしまうの?

12月20日まで。

ル・シネマは
13日までの「危険なプロット」もおすすめ。とても、おもしろかった。
14日からの「バックコーラスのディーバたち」も期待値大。

水彩画のターナーの作品をこの映画のすぐまえに観ていたのも大きかったのかもしれない。私の脳裏に佇んだターナーの色彩がこの景色を結んでくれた気がするから。

日々はそんな折り重なる経験のなかにそっと息づいているものでしかないのかな。
















天上の舞・飛天の美

ミッドタウンのサントリー美術館で
「天上の舞・飛天の美」を観てきました。

飛天や天女がとかく大好きな私は「わぁ」だったのだけれど
15分くらいしたらなんだか苦しくなってきちゃって。
このまえみた高畑勲監督の「かぐや姫」もまだ身体にあったからかな。

あちらの世界とこちらの世界のことでいっぱいになり
ちょっとつよい精神的な眩暈でまいってしまった。

それは日々と現世というかなしみや無常に力を奪われる感じで。
世の中の忙しさや軋轢やエゴや祈りの波間に意識を失っていく感じ。

なんだか手元をみてみれば、
厭というほど、拙さの鎖に縛られてるし。

たぶんなんだか無力感につかれてる。

かぐや姫も飛天もあちらとこちらを行き来するのであれば
人間そのものとも言えるね。
(でもそれを輪廻と呼びたくないのはなんでだろう。)

飛び込んでくる悲しみと耳をつんざく軋みになにも見えなくなっちゃう。
そうこうしてるうちに、まわりからひとが消えてゆくのだろうな。

かなしいけど、どうしようもない。

泉に手をひたして、そっと掬いとる。
指は穢れから放たれて、魚のように泳ぐだろう。

平等院鳳凰堂の国宝は1月13日まで。
ミッドタウン「サントリー美術館」にて。

くわしくはこちら


かといって、わたしは相変わらず元気です。


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